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今日も昼寝部 〈オーストリア支部〉

移住に最適な国 ランキング第7位(2016)のオーストリアより

優しい人になりたい

もうすぐ誕生日なんですが、また一つ歳をとると思うとあまり嬉しくないのが正直なところでした。

ことに、こちらでは、誕生日というのは誕生日の当本人がケーキなどを作って、職場で振舞ったり、自らパーティを開いたりするのが普通なのですが、私はそういうことが苦手(だいたい自分で自分を祝うなんて、なんだかなぁと思って。あと、それと面倒というのもある)で、今まで多分一度も自らアクションを起こしたこととはない。

 

でも、同僚の誕生日を全てメモしているツワモノもいて、そういう人たちのおかげで、誕生日に仕事があると、職場で皆がお祝いの歌を歌ってくれて祝ってくれることもあるのだが、またそれも苦手。

 

日頃からお世話になっている人にありがとうの意味を込めて、そういうパーティの場を開けたら良いだろうなという思いはある。

でも、自分がそんなことをするのはなんだか僭越な気がして気後れするのだ。

 

というわけで誕生日が近づいてくるまでは憂鬱になるし、誕生日が過ぎ去ってくれるまでは気が重い。

 

というのがいつもの自分。

 

今日、ふと出来心で、相方のiPadのホームボタンを押して画面を見てしまった。なぜかというと、相方不在で、iPadに何通もメッセージがきているみたいで、メッセージを受信するたびに着信音が鳴っていたから。

誰からそんなに連絡がきているのが、ちょっと見て見たかったというのもある。

 

結果、見なければよかったです。。。

 

なぜかというと、そのメッセージは仲の良い同僚からで、彼女が、私に内緒で、誕生日当日にちょっとしたお祝いをしようよ!と相方に提案していたものだったから。

 

その文章を読んですぐに、後を読まずにiPadを閉じたのだけれど、閉じてから、なんて優しい人なんだろうと、彼女の気持ちにものすごく感激して泣いてしまった。

 

こちらでは一緒に馬鹿笑いできるような日本人の友達が私にはほとんどいない。人付き合いが苦手というのもその原因なんだけど。

でも、やっぱり日本人同士、日本語で喋れるし、一番理解し合えるんじゃないかなと思っているので、日本人の友達が殆どいない私は、どこかいつも寂しい。

日本人以外の人とは、本当の意味で友達になれることは難しいんじゃないかと思っていた。

 

今日そのメッセージを送ってくれた人は日本人ではない。その彼女のことは親しい同僚として大好きなんだけど、友達というのには私ごときがおこがましくて、自分のプライベートなことだとかはあまり話すことはせず、こちらからはそんなに踏み込むことを今までしていなかった。

 

のにもかかわらず、その優しい気持ちを知ってしまって、本当にびっくりした。感激した。

人ってこんなに温かいものなんだなぁと。

生まれも育ちも違っても、こんなに人に優しくしてくれる人がいるんだなあと。

神様、こんな人を私に合わせてくれて本当にありがとうございます。

 

もしかしたら、今まで私は日本人にこだわりすぎて、芽生えていたかもしれない人との繋がりを見過ごしてきてしまっていたかもしれない。

自分のこれまでの人との接し方を本当に恥ずかしく思い、反省した。

 

人付き合いは苦手だけれど、これからは、もっと自分から人に接していかなければと思う。

彼女みたいな優しい人に私もなりたい。

 

考えてみれば、親を始め、そんなたくさんの優しい人たちに助けられて、ここまでこれたんだもの。

私も誰かにもっと優しくしたいぞ。これまでの恩を返したいぞ。

 

今更だけど、そんなことを思った12月のあたま。

来年の同じ時期にちょっとでも優しくなれていることを願っている。